2008年02月25日
合気道の歴史・成立から展開
こんなに深いスポーツだとは知りませんでした。
私もやってみたいな。
和歌山県田辺市の富裕な農家に生まれた植芝盛平は少年時代より武術に関心を向け、起倒流柔術(きとうりゅうじゅうじゅつ)・後藤派柳生心眼流(やぎゅうしんがんりゅうじゅうじゅつ)を修めた後、1915年、大東流合気柔術総本部長・武田惣角に入門、1922年、教授代理を許された。1917年、宗教団体大本に入信、京都の綾部や亀岡で独自の修行を続け、甥の井上鑑昭(親英体道の創始者)と共に同地で「合気武道」の指導を行う。1927年、竹下勇海軍大将らの支援を得て上京、1931年、皇武館道場設立、1940年、財団法人皇武会(後の財団法人合気会)設立、1948年、「合気道」の名称を用いる(盛平は初代合気道「道主」となり、没後は特に「開祖」と呼ばれる)。戦後、のちに二代目道主となる盛平三男・植芝吉祥丸や弟子達によって一般に普及し、知られるようになる(盛平は当初普及に消極的であったが、弟子達の熱意に動かされ、ほどなく積極的に協力するようになる)。
盛平が創始した(財)合気会は二代目道主・植芝吉祥丸を経て、現在は吉祥丸の次男植芝守央が代表である三代目道主を務める。今日国内100万人とも言われる合気道人口の大半を占めるのが合気会の会員であり、合気道界の多数派・主流派を形成している。一方盛平の門下及び合気会から独立した団体・会派が複数存在する
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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